地引き網


にいちゃん、にいちゃん、にいちゃん。
おお、我が弟よ。どうした。公園に缶けりしにいったんじゃないのか。
うん。缶けりにいった。でも一人でやってもあんまり面白くなかったから帰って来ちゃった。ねえ、なんかおもしろいことない?なんかな〜い?なんかな〜い?ねえ、お兄ちゃん。(味ごのみ風に)
地引き網、あったでしょ!(ドスをきかせて)
え〜なになに、その自力網って。
自力網じゃない。地引き網。まあ自力網でもある意味正解だけれど。地引き網っていうのはな、海にナガーイ網をこううUの字状に張ってな、それを両方から綱引きみたいに引っ張るんだ。そうすると、その網の中にいた魚をまさに一網打尽で捕まえることが出来るっていう、昔からある漁だな。
楽しそう〜。ど、どんな魚が捕れるの
うーん、そこにいる魚全部だからな。まあ、アジ、サバ、イワシは当然として、うまくいけばスズキ、マゴチ、ヒラメ、イシダイなんかも捕れるな。場合によってはサメとかクジラとか北の方の潜水艦とかが網に入るかもしれない。
すごいね〜。地引き網ー。じゃあさ、じゃあさ、地引き網と鈴木あみとどっちが収穫が多いの?
難しい質問だな。そうだな、鈴木あみはもう和解したらしいから、ううん、なっちだな。
そうなんだ〜。よくわからないや。でもさでもさでもさ、家にそんな網あるの?ぼくダイソーで買った虫取りしか持ってないよ。兄ちゃん持ってるの?
ばかやろう。しがないフリッターのオレがそんな網持っている訳ないだろう。あったら今頃は日焼けして大変だよ。あのな、兄ちゃん最近インターネット買ったんだよ。知ってるだろ。
うん、兄ちゃんインターネット持ってる!
そのインターネットでな、兄ちゃんの昔からの憧れ、地引き網について調べたんだよ。そしたらよ、シロウトにも観光漁業っていって、地引き網をやらしてくれるっていうところが千葉とか神奈川とかにあるんだよ。たぶん探せば観光カツオの一本釣り漁とか、観光マグロ漁船の旅とかあるな。
すげえ、観光漁業なんてあるんだ。観光漁業っていうと、前に遠足でいった潮干狩りみたいなやつ?。
ノンノンノン。おまえがいった潮干狩りっていうと、砂浜に巻かれたアサリを拾って、その分お金を払わないといけないっていう、まあミカン狩りとかとイチゴ狩りとかわらないやつだろ。地引き網は違うんだな。だれも魚を網にセットしてくれない。大自然が相手だから、もしかしたらイワシ一匹とれないかもしれない。その代わり、捕れた魚は全部オレのモノだ。タイでもヒラメでもイカでもタコでも全部持って帰っていいんだ。まさに、にわか漁師。どうだ、少しは地引き網の魅力がわかっただろ
すっげーよ、地引き網。兄ちゃん、にわか漁師になれるんだ。いいなー。ぼくもにわか漁師やりたーい。にいちゃんだけずるいー。にわかりたいー。
大丈夫!。あのな、地引き網っていうのは、100メートルとか200メートルとかの長さがあるんだよ。スケールが地球規模なんだよ。ビッグな男の生き様なんだよ。そんなものを一人で引っ張ろうってったっていくら力自慢&のど自慢の兄ちゃんだってさすがに無理だ。兄ちゃん脱臼癖あるし。無理すると肩外れちゃう。千代の富士みたいなもんだ。だから何十人も友達呼んで、あっちからとこっちからと両方で引っ張るんだ。よし、オレが右側リーダーをやるから、おまえを左側リーダーに任命する!
ええ、ぼくリーダーやっていいの。すっげー。母ちゃんに赤い服だしてもらわなきゃ。ちゃんちゃんこ。リーダーだ!ぼくリーダー!トップブリーダー!
浮かれるのはまだ早い!。地引き網をやるにはな、やっぱり日本は資本主義だ。タダじゃない。お金を出さないと地引き網させてくれないんだ。観光漁業だから、お金を払って地引き網の権利を買い取る訳だ。まあ、言うなれば砂浜に降り立ったライブドア堀江っていう感じかな。買収だ。金さえ出せば網元だ
すげえよ資本主義経済。で、い、いくらなの。
ズバリ!6万円!
高いよ〜!(号泣)にいちゃん、いくらなんでも6万円も払える訳ないよ。だって僕の月々のお小遣い、240円なんだよ。兄ちゃんだって知っているだろ。なんだよ散々期待させて。兄ちゃんのバカー、インキンー、ぬらりひょんー。
あわてるな!。兄ちゃんに対してなんてこというんだ。ったく。いいか、よく聞け、6万円っていっても、一人6万円じゃない。地引き網一回が6万円なんだよ。さっきもいったけれど、地引き網っていうのは一人じゃ出来ない。何十人も集まって初めて出来る水上の格闘技なんだ。だからな、オレが30人、おまえが30人集めるだろ、で、1000円ずつ集める。ほら、それでもう6万円だ。俺たちお金払わなくてもいいんだよ。リーダーだから。もし40人づつ集まって1000円ずつ徴収してみろ。徴収ってわかるか。長州力?いうと思ったけどな。40ずつで80人。8万円だ。ほら、2万円も余る。地引き網の本当の値段をみんなにいわなければ、その金は一網打尽で兄ちゃんの懐に入る訳だ。
すっげえ!地引き網ってお金までかき集めちゃうんだね。兄ちゃんアッタマイー。でもぼく30人も40人も集められるかな。
大丈夫!まずおまえが誘ったヤツがまた友達を誘うだろ。で、その友達がまた友達を呼ぶ。ほら、なにもしなくても人は増える。この調子なら半年で家が買えるぞ。誰からも恨まれることなく、魚がいっぱい捕れて、お金もいっぱい捕れて、地球にも優しい。それがアムウェ、じゃない、地引き網だ
アンビリーバボー!。地引き網すげー。なんか僕興奮して来ちゃった。ボッキーンって感じ。
よし、じゃあその熱い若き血潮をたぎらせて、地引き網の練習をするぞ。この縄跳びを木に回して、両端をヨーイドンでひっぱるんだぞ。いいか、同じ力で引っ張らないとうまくいかないぞ。
うん、わかった。
ヨードラン。よいしょー。
えいー。
オラオラオラオラ。
ウリリリリリリ。ああ、だめだ〜。
ばかやろう。引きずられてどうするんだ。ここは地面の上だからまだいいけどな、実際の現場は海なんだぞ。海を目の前にして引っ張るんだ。それを反対側から引っ張られたらどうなる?そう、海に引きづり込まれるイコール死だ。それが海の男達の過酷な掟だ。えっへん。
ごめんよ、兄ちゃん。おれ、海を舐めていたよ。
海を舐めるなよ。しょっぱいから。よし、それがわかったらもう一回練習だ。いくぞー、よいしょー。
えいー。
オラオラオラオラ。
ウリリリリリリ〜。
どうもー呼吸がーあわないーなー。よいしょー。
そうーだーねー。えいー。
やっぱり本当の兄弟じゃないからか。よいしょー。
そうーだったのー。えいー。
冗談だよ〜。よーしー、こんなときは歌だ〜。歌で呼吸を合わせるんだ〜。よいしょー。
わかったよーにいちゃん。じゃあ昨日学校で習った歌をうたうよー。せーのー、静かな湖畔の森の中から〜。
静かな湖畔の森の中から〜、鳴いちゃいかがとかっこがなく〜だめだー、輪唱はだめだー。綱引きに集中できないし引っ張るタイミングがずれる〜。よし、にいちゃんにまかせろー。こういうときはー明るい歌だーいくぞー365歩のコアラのマーチだ。せーの、
兄弟 あわせはーあるいてこないーだーからあるいていくんだよー。
おお、イイ感じだ〜。
兄弟 一日一歩三日で三歩、三歩進んで〜。
進んじゃダメだ〜。引くんだー、ひけーひけー、歌なんか歌っている場合じゃないんだ〜。
わかったよーにいちゃん。
オラオラオラオラ。
にいちゃーん、そろそろ網が上がってきたんじゃないかなー。
よーし、上がってきたぞー。よーしー、ほらー大漁だー。
やったー大漁だー、大漁だー、僕この大きい魚もらい〜。
バカチン!(突き飛ばす)不用意に手を突っ込むんじゃない。この網の中にはな、オコゼとかアカエイみたいな毒のある魚が混ざっているかもしれないんだ。死ぬぞ。ウロコまみれになって。
ごめんよー気をつけるよー。
よし、わかったならそれでいい。遠足はお家に帰るまでが遠足、地引き網は胃袋に入れるまでが地引き網だ。覚えておけ!。
うん!
よし、じゃあ兄ちゃんが地引き網予約しておくから、それまで仲間を集めておくこと!5/14に決行だ。
ラジャー。
   
僕に地引き網を教えてくれた兄は、桜が咲く前に脳腫瘍になってしまった。あんなに元気だった兄なのに、桜が散る頃に死んでしまった。5/14、兄が予約した千葉県の観光地引き網に、兄の友達、僕の友達が集まった。海に兄の遺灰を撒いて、みんなで大きな大きな地引き網を引っ張った。想像していた以上の大きさの網だ。兄のいない地引き網は、とてもとても重かった。引き上げた網にはいろいろな魚がいっぱい入っていた。大漁だ。僕はその網の中で一番大きな鯛を掴んで海に放った。これは兄の取り分だ。鯛はぴしゃんと僕の顔に水をかけて元気に泳いでいった。顔にかかった海水は、涙と同じ味がした。


買い物してして

こういうの好きかな